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飯綱の歴史

飯綱高原は、飯縄山(1,917.4m)の南東一帯の標高900〜1,100mのゆるやかな起伏をもつ高原で、シラカバやカラマツに包まれ、湿原(逆谷地湿原や大谷地湿原など)や池(大座法師池や大池など)が点在する開放的な高原景観を形成しています。

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飯縄山の裾野は、飯縄原と呼ばれていました。

奈良、平安時代には戸隠神社や飯縄権現に参拝する人々の通り道となり、江戸時代には戸隠参道として、一の鳥居を中心に整備されはじめました。

戦前は、採草地と雑木林の姿が飯綱高原のいたるところで見られました。採った草は牛馬の餌や肥料などに使われ、様々な樹木があった林は炭焼きなどに利用されていました。

その後、カラマツの植林が進み雑木林が少なくなり、農地の造成も行われ、高原野菜が作付けされるようになりました。

飯綱高原では四季折々の花や鳥を観察することができ、今でも自然との触れ合いなどを目的に多くの人々が訪れています。

また、かつて飯綱高原で見られたキキョウ、オミナエシ、マツムシソウといった草花が見られなくなって来ているので、これらの在来種(その土地に昔からあったもの)を増やしていこうという取り組みも行われています。

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